閑話休題。日本の政治舞台でも辞任騒ぎが多いけれども、どこも一緒のようです。2007年10月、イタリアに民主党が生まれました。中道・左派政党が合併しイタリア最大の政党が誕生したことになります。もともとイタリアは小党が多かったのですが、二大政党制を目指して、現首相のブロディさんの尽力もありここまでこぎつけたようです。そのブロディ首相といえば、2007年2月、アフガン派兵を巡る政治的混乱の責任を取り辞任、わずか一週間後に再任というドタバタ劇の主役で、イタリアの政治的不安定さの象徴のような存在。二大政党制を望む気持ちはよくわかります。
イタリアといえば、ローマ帝国やローマ法、ローマカトリック教会を生んだ偉大な国。昨今は少々小粒なようですな。子どものころ「ハンニバルの象使い」という本を読んで、紀元前のローマに興味をもったことがあります。特にローマが膨張していく過程において、カルタゴと地中海世界の覇権をかけて争われたポエニ戦争に。カルタゴの名将ハンニバルが活躍するのは、第二次ポエニ戦争(紀元前219〜201年)です。
イベリア半島を制圧したハンニバルは5万人の兵士と戦象数十頭を率いてアルプス越えをし、カンネーの戦いでローマ軍に大勝、ローマに迫りました。ここで持久戦になり、ハンニバルの戦法を研究し学んだローマの将大スキピオの、ローマ戦線を捨ててカルタゴ本国をつくという大戦略により逆転。大スキピオは師と尊敬するハンニバルをザマの戦いで破り、ローマは亡国の危機を脱したのです。戦後救国の英雄として終身執政官にまでなった大スキピオも最後は政敵大カトーに破れ、ローマを離れて隠棲しています。このときそれこそ辞表のようなものをだしたのかどうか。出したとしたら思いっきり「たたきつけて」いたと思います。彼の墓には「忘恩の祖国よ、汝らは私の骨さえ所有することはないであろう」と刻まれていたといわれています。